本八幡リカバリーオフィスは総武線本八幡駅北口から徒歩3分の鍼灸・カイロプラクティック・整体の治療院です。 「頭痛専門」とありますが、肩こりや腰痛でお悩みの方も多く来院されています。 頭痛外来などの病院と併用して通院される方も多くいます。 頭痛薬以外の治療をお探しであれば、一度ご相談下さい。

開院した理由

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私が開院した理由

― 尊敬する父の存在 ―

私がこの道を選ぶキッカケとなったのは、父の存在があったからです。
父は、指圧師でカイロプラクティックを併用する治療家でした。
とても努力家で、勤勉で、家族想いの尊敬すべき父であり、治療家でした。
時々、幼い私を捕まえて、ヒゲでジョリジョリと攻撃してくる時以外は、本当に大好きな父でした(笑)

― 患者さんから感謝される父を見て ―

あれは、私が7歳くらいの頃のことでした。
その日は、母も兄姉も用事や部活で家に誰もいない日が出来てしまい、まだ7歳の私一人での留守番は心配だという事で、私は父の仕事場である父の治療院で、静かにしている約束で、過ごすという出来事がありました。
そこで初めて見た仕事中の父の姿。
真剣に患者さんを治療し、治療が終わると患者さんから「とても楽になった。」と笑顔で感謝される父の姿を見て感じた感情はなんと表現して良いのか適切な言葉が見つかりませんが、とにかく胸がいっぱいになり、父を誇りに思ったのを鮮明に覚えています。
一人の女性の患者さんが、帰る際に私に「お父さんは本当に良い先生よ。」と言ってくれたのも、とても誇らしく思いました。

― マネから始まった治療家 ―

その日から、父のマネを始め、周りの人に指圧のマネをしては「気持ちいい?」とか「治った?」などと聞いて回る様になりました。(とても恥ずかしい過去です。汗)
勿論、大人たちは気を利かせて
「おっ、すごく楽になった。」とか
「あぁ、気持ちいい。」と言ってくれました。
私は子供心に、その言葉を聞くのが嬉しくて、色々な人にマネゴト指圧をして回り続けました。
その頃から、人の身体を治す手伝いをすることで人の役に立てる様な人間になりたいと思い始めていたのだと思います。

― 進路について考える ―

高校に進学し、「将来」という言葉に現実味が色濃く出始めた頃には「治療家になる」という夢を持っていました。
そこで、何の専門学校行くのかの選択肢に悩みました。
一つは父と同じ指圧の専門学校。二つ目は鍼灸師。三つ目は柔道整復師。
家族と相談し合い、沢山の専門学校に見学に行き、結果、鍼灸師の道を選びました。
指圧治療とカイロプラクティックは後々父から教わるとして、私は私で別の治療を学び、色々な視点から判断できて、色々な治療が出来て人役に立てる治療家になりたいと思い、決定したことでした。

― 専門学校入学、現場での修行の始まり ―

無事に専門学校に入学し、今までの授業の内容との違いに慣れてきて、専門学校で学んだ実技を自宅で自分の身体や家族の身体を相手に練習を毎日していました。
そして、学生の頃から臨床の現場で実際の臨床経験を積んだほうが良いと思い、アルバイトとして接骨院で修行をさせてもらうことになりました。
敢えて父の治療院で修行しなかったのには、父の「家族だとお互いに甘えが出る。まずは世間様で社会の厳しさを知るべきだ。」と言う考えによることからでした。

― 臨床現場の厳しさ ―

修行先の接骨院では叱られる毎日でした。それまで飲食店やドラッグストアでアルバイトをしたことはありましたが、患者さんを治療し、改善してもらうことを目的とした治療院では緊張感や責任感が全く違いました。
また、院長を始めとする先輩達がこれまたプロ意識の塊の様な人たちで、ベッドメイク一つで泣くほど叱られたこともありました。ですが、その頃に教わった事、技術を始め接遇、言葉遣い、考え方等はとても勉強になり、今の私の血肉となっています。
当時の院長や先輩たちとは、今でも連絡を取り合い、たまにあっては私の昔の失敗談などで盛り上がっています。(正直やめて欲しいですが……。)
当時の何も知らない生意気な私を見捨てず、根気強く指導してくれたことは、今でも本当に感謝しています。

― 国家試験、沢山の人からの協力 ―

国家試験の試験勉強はとても厳しい戦いでした。
もともと、あまり頭の良いタイプでは無い私は受験勉強にとても沢山のクラスメイト達からの協力により、合格できました。
しかし、国家資格の取得はゴールではなく、あくまで正式に治療家の世界に入る為に最低限必要な通過儀礼ということを先輩達から教わっていました。

― 就職、修行先を変えての再出発 ―

国家資格の取得後、今までお世話になった修行先を離れ、別の治療院会社に入社しました。
千葉県を中心に他店舗展開している鍼灸接骨院グループ会社でした。

― 社会人になって始めてで一番の大泣き ―

入社した会社でも、最初は叱られる毎日でした。
同い年の同期と喧嘩になったりもしました。
そんなある日、先輩上司から「お前は、患者さんを見下している。」と言われ、そんなつもりは全く無かったので、どうしてそんな事を言われるのかわからず、家に帰ってから悔しさで大泣きしたことがありました。
そして、大泣きして少しスッキリして、冷静になって考えて
「人から見て、そういう風に見える事もあるという事か。」
と判断し、それからそれまで以上に接遇方法を意識して改善するようにしました。
もともと、堅苦しいのが苦手でしたので、フレンドリーに、しかし親切、丁寧で誠心誠意込めた対応を意識しました。それは、今でも変わらず、当院の理念にもなっています。
そのかいあってか、患者さんからは沢山の支持を頂ける様になりました。

― 沢山の臨床経験 ―

私が入社した会社はとても忙しく、毎日沢山の患者さんが来院されました。
毎日毎日、様々な身体の不調に悩み、苦しんでいる人たちを治療して治る手伝いをする。
そんな忙しくも充実した毎日を送るにつれて、自分自身が治療家として成長しているのがわかりました。沢山の経験をくれて成長させてくれた先輩や患者さん達に心から感謝しました。

― 頭痛に悩む一人の患者さん ―

そんなある日、通院している患者さんの一人が私に「実は、昔からひどい頭痛持ちで悩んでいる。」と相談してくれました。その方はとても人見知りで、私以外のスタッフとはあまり喋らない様な方で、その上とても遠慮しいな性格の方だったので、相談するのにも、とても勇気がいったと思います。
私は、その方に現在当院で行っている頭痛治療を行いました。
すると、次の週には、とても良い顔で私に「あれから頭痛がすっかり無くなった。こんな事は初めて。」と言ってくれたのです。その後も、何度か継続して頭痛治療を行った結果、頭痛に悩まされていた生活から解放されました。
人見知りであまり笑って話すことの少ない方が、「頭痛」と言う身体の不調が改善されたことで、満面の笑顔で喜びの言葉を話してくれた事が、嬉しくてたまりませんでした。

― 頭痛に悩む人の多さを知る ―

そのことから、他の症状で来院されている方々に「お身体の事で何か悩んでいる事はありますか?」とか「治らないと思っているお身体の不調とか無いですか?」と訊くと
「頭痛は昔からある。」
「昔からの頭痛持ちです。」
「頭痛薬を常備していて、手放せない。」
「頭痛がひどいと何も出来ない。」
等と、頭痛に関する悩みを抱えている方がとても多い事を知りました。そして、多くの人がそれを諦めているという事も聞かされました。
その悩みを無くして、より良い生活を送ってもらうべく、私は頭痛に悩んでいる人達に片っ端から頭痛治療を提供してきました。
そして、嬉しいことに長年悩んでいた頭痛が改善したとの声を沢山頂きました。
「天啓」と言うものがあるのなら、この時、それを感じたのだと思います。

― 転職、新しいスタート ―

そんな治療に明け暮れて、治療技術の向上に邁進していた時期でしたが、色々と思う事があり、私は転職することにしました。
一つは私の体力の無さが挙げられます。
学生の頃より、スポーツ系の部活動に所属して身体を鍛える様にはしてきましたが、もともと体力がある方ではなく、激務であった当時所属していた会社で心身共に疲労が溜まり、
「こりゃイカン。」と思い、倒れる前に少し休暇を取ることにしました。
他に、「治療する」と言う事に関して、ひとつ大きな疑問がありました。
同じタイプの症状に対して最適と思える治療をして、非常に順調に改善する人と、改善しにくい人がいて、その違いは何なのだろうかと常々疑問に思っていました。
自賛するようで非常に恐縮ですが、私は鑑別診断に関しては少しばかり自信があります。(勿論、現状に満足せず、これからも自己研鑽の努力は続けていきます。)
例えば「腰痛」
一言に「腰痛」と言っても、私が知っているだけでも「椎間板ヘルニア」「脊柱管狭窄症」「仙腸関節の可動性亢進」「仙腸関節捻挫」「腰椎捻挫」「腰部筋筋膜性」「腰椎分離すべり症」「腰椎椎間関節症」等の整形外科的症状の他に「内臓疾患からの二次的疼痛」があり、どのタイプの腰痛か見極め、それに適した治療法を選択し、行うことが大切です。間違った判断、間違った治療を行えば改善しないどころか、悪化させかねませんので、細心の注意を払いながらの診察、治療が必要です。
私の場合、師事している先生がとても優れた治療家でしたので、その先生からの教えを基に多くの患者さんたちの健康のお手伝いができてきました。
しかし、自信を持って行ったにも関わらず、改善の具合にバラつきがある。その違いは何なのだろう。
その疑問を解決すべく、私は訪問リハビリ治療の会社へと転職しました。

― 訪問リハビリ治療の日々で学んだこと ―

転職した会社では、「訪問リハビリ」という、今までの「治療業務」とは違った仕事をさせて頂きました。
脳梗塞の後遺症で半身麻痺の方や、重度のパーキンソン病の方。認知症の方。会話でのコミュニケーションが取れない方。一日の九割以上の時間をベッドで過ごす寝たきりの方等のリハビリをさせて頂きました。
そんなある日、脳出血による後遺症で、左半身が麻痺している70代の女性患者さんの担当につくことになりました。
その方は、上機嫌の時は歩行訓練がスムーズに出来るが、不機嫌な時は嘘のように歩行機能が落ちる人でした。
私は、その方を担当して気づかされました。
「治療するのは【症状】ではなく、症状に悩み苦しんでいる【人】である」という本当に基本的な事にです。
人なのですから、精神状態に変化があります。
精神状態が不安定ですと痛みは取れにくいですし、身体の機能も低下します。
精神状態が良好ですと痛みは取れやすいし、身体の機能も向上します。
同じタイプの症状だと判断して治療しても良くなる人となりにくい人の違い。それは「違う人」という至って単純な理由。
精神状態が異なる人に身体状態だけを治療しても個人差が出るのは当然でした。
親切・丁寧・誠心誠意込めた心身両面からのケアこそ「治療」なのだと気づきました。

― 自分の理想を求めて、それによって人の役に立てる治療家になるために ―

そうしているうちに、自分の中で昔からの夢だった「独立して自分の治療院を持つ」と言う夢が夢想から願望、願望から想像に変化していき、想像に色が付き始めたら、もう行動せずにはいられませんでした。
自分が最も得意とし、最も喜んで頂けた頭痛治療で、頭痛を始め身体の症状に悩んでいる人達の役に立てる様な治療家になる為に。
親切・丁寧・誠心誠意こめた心身両面からのケアが出来る様な、心から尊敬した父の様な治療家になる為に。

それが、私が開院した理由です。

今までの多くの学び、気づきによって芽生えた信念と、多くの方々のご縁と支えに対する感謝に基づき、全力で皆様の健康のお手伝いを致します。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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